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実践と要領

こんばんは、いろなきです

最近自分の絵の過程を見てきて、これは早いのか遅いのか、要領がいいのか悪いのか分かんねぇなぁ_(┐「ε:)_と思いました。

そんな私がふと思うことを言っていきたいな、と


よく
絵が上手くなるためにデッサンをする、スケッチをする
という人を見かけます
(まぁ、人には向き不向きがありますし、その人のやり方でいいとは思うので、これはいろなきの個人的な意見なんだなぁと思ってくれていいんですが、)

私は「絵が上手くなるために日頃からそういうことをする」というのははっきり言って無駄なんじゃないかな
と思います

例えば、
手を書くのが苦手だから、手のデッサンをしよう!
というの

でもさ、考えてみてくださいよ

手って縦横無尽に動くんですよ?(勿論可動域はありますが)
そして見る角度によっては形が全く変わってくるんですよ?
そして角度は360°×360°あるんですよ?
傾きが少しだけ違っているだけも手の表情は変わるんですよ?

今その適当に決めた手の角度のデッサンをして何の役に立つんですか?
またそれと全く同じ角度の手を書く機会があると断定できるんですか?

私はNOだと思います
故に時間の無駄

描きたい絵があって、
その絵では手をこういうポーズにしたくて、
という時にデッサンする心持ちで手を書いたらいいんですよ

よく書き方の本とかで何十種類の手のポーズを写してるのありますが、だいたいの目安にはできても意外に役に立たないです

そんなんよりも例えば職人さんのゴツイ手の画像とか華奢な人の手の画像とかを見て指の細さとか骨や節の感じとか、爪の感じとかを見ながら自分の手と照らし合わせて考えながら書いてる方がよっぽどそれっぽくなりますよ

でも限界って必ずあるんですよね
自分の足元を下から見ることはできないし、
写真を撮ろうにも体をひねらないと撮れない時とか
そういう時は写真とかを見たらいいんですよ
肩の感じとか
首の感じとか
胸板の感じとか
自分で自分のを見れないときには他人のを見て「こう書いたらいいんだなぁ~」というのを常に頭に入れていたらわりとスイスイいけるんですよね

でもその時々に調べてたらその時に限って自分の思い描くようないい資料ってないんですよね…
だからTwitterとか他のとこで見つけた画像をバンバン保存して繰り返し見たり、「あっ、あれのこの感じこの絵(完成像)と近いな!」と引っ張り出してきたらすごい参考資料になるとと思う(というか、私はなってる)

まぁ、人には向き不向きあるので、一律にこうしたらいいとは言えませんが

デッサンにはデッサンのいいところはもちろんあると思います
だってあれは目の前に広がる有彩色の世界を無彩色のグレースケールに落とし込まないといけないので、つまりは明度彩度を捉える訓練にはなると思うんですが、
趣味でやってる人間はもうそんなことまではいいかな、と_(┐「ε:)_
だって色の錯覚とかもありますし、もうそこは感覚でいいんじゃないか?と_(:3」∠)_
(そういうとこが成長を妨げているかは分かりませんが)

でも自分の書いた絵を振り返らないのはダメだと思います
だって、そうじゃないとおんなじ構図のおんなじ絵ばっかり書いてしまう。
私も毎年違うように書いていたつもりでしたが、歴代の年賀状並べてみるとビックリ、ほとんど全部左向きだったのに初めて気づきましたからね
こういう気づきってすごく大事だと思うんです
あっこここうしたらいいんじゃないかな、
とか
気づいて次に活かして初めて成長するんじゃないかな、と

でも私ももっともっと成長したいですし、人体や空間の把握力を鍛えていきたいですし、もっと上手くなりたいと思っています\\└('ω')┘////頑張るぞー

今年の抱負…は
とりあえず「マメにする」 です

「あっ後でやろー 」
は絶対やらない
絶対にめんどくさくなる
だからちょっとめんどくさくても今やる
今の1分が未来の30分になる

という気持ちで頑張っていこうと思います
(ちなみにこれは絵に全く関係しません)

絵に関しての抱負はそうだな…
また考えておこう…_:(´ `」 ∠):_